【つくし保育園】つくしの歴史
1964年、当時の国立東京第一病院で働く職員(看護婦=当時)が、出産をひかえ預け先がないという相談から、
周囲の人たちが院内に保育所を作ろうということになり、病院と折衝し、寮の空き部屋を提供してもらいました。
設立当初から病院職員・地域の方が利用できる保育園として運営してきました。 60年代は、全国で保育所作りが盛んになった時代で、新宿では慶応病院タンポポ保育園、ポッポの家共同保育所と共に、 地域・職員自らの力で立ち上げた保育園です。 三園は産休明けからの保育実践をすすめ、公立保育園の産休明け実施に先駆的役割を果たしました。 運営面では毎年火の車で、家族総出のバザーはもちろん、院内で日々物品販売を行い、仕事が終ったら保育当番を交代で行って支えてきました。 その後、新宿区や国からの補助を獲得・増加させてきましたが、国や都も財政難から補助の増額は望めない状況になってきました。 しかし、保育園の立ち上げの時から続く「みんなで作る保育園」の精神は、現在も生き続けています。 40年以上続く保育を今後とも継承・発展させて行きたいものです。 |




1964年、当時の国立東京第一病院で働く職員(看護婦=当時)が、出産をひかえ預け先がないという相談から、
周囲の人たちが院内に保育所を作ろうということになり、病院と折衝し、寮の空き部屋を提供してもらいました。

